セミナー・論文等
西野肇弁護士
≪HBLOコラム≫ 実践してみませんか?“健康経営”のススメ
パートナー弁護士の西野肇です。連日のパリオリンピックで寝不足の日々が続きますが、世界と戦う日本選手団の活躍には大変勇気をもらっています。2021年に開催された東京オリンピックからの時の速さを感じるとともに、世界の土俵で戦う日本人の姿に再び心を躍らせています。
さて、先日ふと新聞を読んでいると「日本人の平均睡眠時間は先進33カ国中最下位で、その経済損失は18兆円規模」との記事が目に入ってきました(参考:日経新聞電子版2024年7月22日付「不眠大国ニッポン、損失は18兆円 眠りの質を高める8選」)。2021年に発表された経済協力開発機構(OECD)の平均睡眠時間の各国比較によれば、先進国を中心にした世界33カ国のうち、日本は7時間22分/1日で最も短く(先進国中、米国が最長で、8時間51分/1日)、この不眠による日本の経済損失は18兆円規模にのぼるそうです。
睡眠は心身の健康のバロメーターであり、いい仕事をするには十分な睡眠は欠かせません。従前、“健康経営”という文脈で、15分程度の昼寝制度(“パワーナップ”)を導入し、また仮眠室を設置する企業がありました。近年では、この“健康経営”が、従業員の健康を含む人的資本経営への関心が高まる中で、再度注目されています。
そこで今回は、なぜ今“健康経営”なのか、そもそも“健康経営”とは何か、そして“健康経営”はどのように進めていけばよいのか、について具体的に考えていきたいと思います。
1 キリンやアシックスでも導入!なぜ今、“健康経営”なのか?
“健康経営”は今に始まった話ではありません。2010年代後半から昼寝制度の導入や仮眠室の設置を行う企業もあり、(健康経営といえるかは別として)朝礼でのラジオ体操なんかは昭和の時代からありました。
では、なぜ今“健康経営”なのか。それは“健康経営”が人的資本経営を実践する上で必要不可欠な土台とされているからです。今や“健康経営”の大半は、人的資本経営の文脈で語られます。
例えば、キリンホールディングス(株)の有価証券報告書(33頁「指標と目標」)では、非財務目標として「従業員エンゲージメントスコア」、「休業災害度数率」(≒休業災害の発生頻度)を明確な数値目標として掲げており、これを役員報酬と連動させています。
企業の持続的成長・価値向上を実現する(役員にこれを実現させる)人的資本経営の一つの手法として、“健康経営”が取り入れられているのです。
また、(株)アシックスでも、“健康経営”の推進が有価証券報告書(25頁)で全面的に打ち出されています。特に注目されるのは、「ASICS健康経営 戦略クマップ」として、健康経営の推進がどのように経営課題の解決に繋がるのか、が明確に示されている点です。これによれば、健康経営の推進は、アブセンティーズム(欠勤/休職)の減少、プレゼンティーズム(健康問題によるパフォーマンスの低下)の減少、多様な人財の活躍という3つの効果を発揮し、従業員によるSound Mind, Sound Bodyを実現する、とされています。人々の心身の健康をサポートするスポーツ用品メーカーらしい、非常に説得力ある具体的な打ち出し方です。
“健康経営”を推進することは、企業の経営課題の解決に資するとともに、その存在価値の向上にも繋がるのです。
2“健康経営”とは?
では“健康経営”とは何か。“健康経営”は使用される文脈において様々な定義付けがされていますが、共通するポイントは、以下の2点です(経済産業省ホームページ「健康経営」参照)。
(1)従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、
(2)戦略的に実践すること
企業の競争力の源泉は、従業員(人財)であるため、これら人財に対する健康(管理)施策の実践(“健康経営”)は、従業員のモチベーション・生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に企業の業績向上や組織としての価値向上に繋がることが期待されています。
3 “健康経営”のススメ
では、“健康経営”はどのように進めればいいのでしょうか。
健康経営は、人財に対する健康(管理)施策の実践であり、人財への健康面での投資にほかなりません。健康経営の考え方に基づいた具体的な取組みは“健康投資”とも呼ばれています。
無計画(短期的な)な投資は継続的な業績向上等には繋がらず、投資方法を間違えれば、業績低下等の可能性もあります。そこで、健康経営に際しては、自社の将来的な企業価値向上、組織としての価値向上等を見据え、次の5つのステップを参考に、段階的に実践することが重要です。
3-1 経営トップのコミットメント
健康経営は、従業員等の健康管理を経営的な視点で考えることであり、経営手法そのものです。
健康経営の推進に際しては、経営トップの関与が必要不可欠であり、社内外に健康経営を始めること(健康宣言)を発信することが重要です。
健康宣言では、自社の経営理念を織り交ぜながら、どのような目的の下で、健康経営を実践していくのか、を明確にしましょう。例えば、全国にスポーツクラブを展開する株式会社ルネサンスでは、自社の企業理念を織り交ぜながら、以下のような発信がされています。
(引用:株式会社ルネサンス「トップコミットメント報告書」)
3-2 組織体制の構築
健康(管理)施策を実践するためには、経営側と従業員とで施策を検討する会議体が必要であり、また施策を実行する責任者を決定し、人員を確保することも必要です。誰がどのような役割を担い、健康経営を実践するのか、その組織体制を構築することが次なるステップです。
やり方は様々です。健康経営推進委員会を創設しても構いませんし、衛生委員会等の既存の会議体でも構いません。しかし、健康経営は経営手法そのものである以上、決して丸投げにすることなく、経営側も主体的に関与し、実行力ある組織体制作りを行うことが重要です。
3−3 自社の健康課題の把握~施策の実施
スポーツジムと提携して社員が気軽にジムを利用できるようにする、食事、睡眠等のテーマに沿ったグッズ提供や費用補助をする、健康に関するセミナーを実施する等、従業員の健康に資する施策は数多く考えられます。しかし、やみくもにこれらの施策を行っても、それは従業員の健康づくりには役立ちますが、企業の業績向上等の効果をもたらす“健康経営”とは必ずしも呼べません。
自社の業務内容、従業員の年齢層、性別などに応じて、各社の健康課題は様々です。
定期健康診断・ストレスチェックの結果、従業員へのアンケート結果などを参考に、自社における健康課題を把握し、健康(管理)施策を実践することが最も重要です。
例えば、経済産業省が公表している「健康経営優良法人2024中小規模法人部門」では、以下のような事例が紹介されています(いずれも従業員数50人未満の企業での実践事例です)。
≪有限会社宮地商店の事例≫ ~自社の業務内容(特性)を考慮した施策の実践事例~
●自社の課題:保険代理店という業務の特性上、ほぼ一日中座りっぱなしであり、ずっとパソコンを見ている。そのため従業員それぞれ個別の体の不調(体重増 / 肩こり / 眼精疲労 / 加齢による体調不良)を抱えていた。
●取組概要 :当初はスポーツジムの会員制度を実施していたが、活用する人が少なかった。そのため、個別に健康に関する取組であればなんでも費用補助をするようにし、現在は 100% 制度を活用するに至った。
≪株式会社岡崎土質試験所の事例≫ ~従業員の年齢層、性別を考慮した施策の実践事例~
●自社の課題:従業員の半数が女性であり、なおかつ女性特有の健康問題が重要視される世代の従業員が多いことから、健康に関する不安を抱えている従業員が多いのではないかと考えた。
●取組概要 :健康相談窓口を設置し、女性管理職や女性従業員が窓口の担当者となることで、健康に悩みを抱えている女性従業員が相談しやすい環境づくりに取り組んだ。その際、創業者自らが自身の女性としての悩み・課題があったことを発信し、同じような悩みがあれば相談してほしいとの周知も行った。
(引用:経済産業省「健康経営優良法人2024中小規模法人部門」)
3−4 評価・改善
健康(管理)施策は、実践すれば終わり、ではありません。実施した取組みが、従業員のモチベーション・生産性の向上等の組織の活性化をもたらしたのか、結果的に企業の業績向上や組織としての価値向上に繋がったのか等、効果の検証、検証結果を踏まえた施策の改善が必要です。
効果が出ていれば次なる目標に向けて改善し、効果が出ていなければ原因を究明して改善策を検討する必要があります。例えば、スポーツジムと提携して社員が気軽にジムを利用できるようにするという施策を実施しても、利用者が少なければ意味がありません。その場合には、スポーツジムに限らず、個別に健康に関する取組みを行っていれば費用補助をする等、改善策の検討が必要です。
健康経営の考え方に基づいた具体的な取組みは“健康投資”です。投資方法・効果を評価し、効果が出ていなければ改善し、方法が間違っていれば正していく姿勢が重要です。
4 まとめ
かつては“企業に一生勤め上げること”が当たり前の時代でした。しかし、今では、少子高齢化による働き手不足から、いい人材ほど“転職すること”が当たり前に変化しつつあります。企業が従業員を選ぶ時代から、企業が従業員から選ばれる時代に変化している昨今においては、選ばれる会社になることが必要不可欠であり、人財への投資が一つの重要な指標になっています。
健康経営は、人財への健康面での投資です。従業員の健康が企業に不可欠な資本であることを認識し、従業員の身心の健康増進を図り、従業員のモチベーション・生産性の向上等の組織の活性化をもたらすことは、企業の業績向上や組織としての価値向上に繋がります。
ぜひ、この機会に健康経営を知り、実践することをご検討ください。
まずは、お気軽にお問い合わせください。
お急ぎの方は 03-6452-9681 まで
お問い合わせください。