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≪HBLOコラム≫ “知らなかった”では済まされない!!~改正公益通報者保護法の実務ポイント~
パートナー弁護士の西野です。近頃は、梅雨の気配すら感じさせない心地よい初夏の陽気が続いており、愛犬の散歩も汗ばむ季節となりました。当事務所の新オフィスでは、窓の向こうに東京タワーを望み、夕暮れ時には茜色に染まる空とともに都会の美しい景色が広がっています。
さて、先日こちらのコラムで「不正を見逃さない!~内部通報窓口の体制強化で信頼ある職場へ~」と題し、内部通報制度における通報者保護の重要性についてご紹介しました。
今回は、通報者保護の観点が法制度としてさらに強化されることとなった改正公益通報者保護法の内容を取り上げ、その施行に伴い企業に求められる実務対応を整理したいと思います。
公益通報者保護法の改正案(改正法)は2025年3月4日に国会へ提出されており、順調に審議が進めば2026年中の施行が見込まれています。改正法により、内部通報制度に対する法的要請は一層高度化し、通報者保護に関する責任がより重くなります。“知らなかった”では済まされない時代を迎える今こそ、改正法の内容と実務上の対応を正しく理解することが重要です。
1.内部通報窓口の実効性確保
近年、内部通報を発端として企業内の不正行為や役職員によるハラスメントといった不祥事が明るみになるケースは少なくありません。内部通報窓口が積極的に活用されている状況は、企業内の透明性やコンプライアンス意識の高さを示すといわれており、内部通報制度は企業の健全性を図る“バロメーター”として機能しています。しかし、相談者(通報者)が報復をおそれ、通報を躊躇するようでは、“バロメーター”はたちまち機能不全に陥ります。これを回避するためには、相談者が安心して声を上げられる体制の整備が最重要であり、「通報者を守る」対応が欠かせません。
「通報者を守る」という内部通報制度における“企業の責務”を明らかにすべく、改正法では、“通報者保護”に関する改正が盛り込まれました。内部通報窓口の実効性を確保し、企業内での問題を早期に発見、対処するためには、改正法による通報者保護の強化を理解することが必要です。
2.通報者保護の強化~改正公益通報者保護法のポイント~
2-1 詮索行為の禁止
相談者は、「会社をよりよくしたい」という熱い思いをもって、決死の覚悟で内部通報しています。仮に、会社内で「誰が通報したのか?」といった詮索行為が行われた場合、相談者自身が脅威に感じることはもちろん、このような決死の覚悟を阻害し、内部通報窓口への相談を躊躇させる要因となります。しかし、未だに「●●さんが通報したの?」といった言動に触れることもあり、詮索行為による悪影響について十分に理解されていない事例も少なくありません。
このような現状を踏まえ、改正法では、「正当な理由がなく、公益通報者である旨を明らかにすることを要求することその他の公益通報者を特定することを目的とする行為をしてはならない」(改正法11条の3)として、相談者の詮索行為の禁止が明記されます。
違反した場合の罰則を規定することは見送られましたが、内部通報窓口への相談をしたのか等の必要以上の詮索行為は、法違反に該当します。
2-2 不利益取扱いの厳罰化
相談者に対する不利益取扱い(例:解雇、降級、減給、不利益な配置転換、嫌がらせ等)は、現行法でも禁止されています(5条)。相談者が内部通報を理由に減給などの懲戒処分を受けたり、それに至らないまでも上司からの嫌がらせを受けたりする状況は、内部通報制度の信頼性を大きく損ないます。しかし、従業員に対する不利益取扱いが内部通報に対する制裁を目的としたものであると認定された裁判例がある等、不利益取扱いの禁止について十分に理解されていない事例も少なくありません(令和6年10月消費者庁「不利益取扱いが通報を理由とすることが争点となった裁判例について」参照)。
このような現状を踏まえ、改正法では、公益通報を理由として解雇又は懲戒した者に対し「6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金」(改正法21条1項)、その従業者を雇用等する企業(法人)に対し「3000万円以下の罰金」(改正法23条1項1号)が科されること(刑事罰)が明記されます。
3.企業に求められる実務対応
改正公益通報者保護法の施行により、企業における内部通報制度の整備・運用は更なる高度化が求められます。実効性ある制度として機能させるためにも、以下のような観点から具体的な対応を検討する必要があります。
3-1 通報者の匿名性確保と調査対応の工夫
内部通報窓口での調査に際しては、原則として、相談者本人の承諾がない限り、その匿名性を確保したまま対応を進めることが必要不可欠です。たとえ社内の関係者が誰からの通報かを推測できる状況であっても、相談者本人の承諾がない限り、特定につながる言動は厳に慎む必要があります。
企業としては、弁護士等の外部専門家を活用した調査を実施する、外部相談窓口を介した通報受付の仕組みを導入するなど、従来以上に、相談者の匿名性を確保するための手段の積極的導入を検討することが必要です。
3-2 不利益取扱いに対する厳正な対応
不利益取扱いの可能性がある場合には、これを未然に防ぐことが必要不可欠です。
企業としては、社内に対し、不利益取扱いを容認しないという明確な姿勢とメッセージを発信するとともに、継続的な社内教育を通じてその防止を図ることが、内部通報窓口全体の信頼性を維持する鍵となります。万一、不利益取扱いが発覚した場合には、懲戒処分を含む厳正な対応を速やかに行うとともに、再発防止策に向けた体制整備を徹底することが非常に重要です。
3-3 内部通報窓口体制の強化と継続的な支援
実効性のある内部通報制度の運用には、制度そのものの設計に加え、それを支える内部通報窓口担当者に対する継続的な支援が必要不可欠です。改正法の施行により、通報者保護が強化され、窓口担当者は、より一層の緊張感をもって相談対応を実施することになります。
企業としては、従来以上に、対応に必要な人員体制の確保や、弁護士等の外部専門家との連携体制の構築など、現場の負担を軽減しつつ適切な対応を支援する仕組みを整備することが求められます。
4.まとめ ~通報者を守る姿勢こそが企業の信頼を築く~
改正法の施行は、企業に対して“通報者保護”の実践を求めるものです。これからの内部通報制度は、従来以上に制度が実際に機能すること、すなわち、相談者が安心して声を上げられる体制を整備することが求められます。匿名性の確保や不利益取扱いの排除はもちろん、内部通報窓口を担う担当者への支援や教育、外部専門家との連携体制の整備など、経営層を含めた組織全体での意識共有、体制構築を検討することが必要不可欠です。
内部通報制度を通じ、社員が安心して声を上げられる企業こそが、変化の時代において信頼され、選ばれ、持続可能な成長を遂げる存在となるはずです。“知らなかった”では済まされない今、企業に課された責任は明確です。「通報者を守る」という視点に立ち、制度の実効性と運用の誠実さを追求する姿勢こそが、これからの企業価値を支える重要な要素となるはずです。
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